「そいつは戸籍上の兄で家主だよ。急に戻って来るから俺もびっくりした」
寝室に姿がなかったからリビングに居るのだろうと思っていたが、どうやらキッチンにいたらしい。ちょうど朝食が出来たようで、キッチンから出てきた彼は両手に皿を持っている。
「戸籍上の? 兄で、家主?」
不満と不信感があからさまにならないよう気をつけつつ、どれも初耳なんですけどと続ければ、相手は軽く肩をすくめてみせる。少し面倒そうな顔をしてるから、あまり会わせたくないと思っていたのかも知れない、とは思ったのだけど。
「暫く帰らないと思ってたし、紹介する必要が出る前には別れてるかと思って」
「そ、っすか」
どうにかそう返したものの、内心けっこう動揺していた。順調にお付き合いを続けていると思っていたのは自分だけで、相手にはこの関係を長く続ける気がなかったらしい。
好きだと言ったことはないし、しんどい片思いを抱えている自覚もないが、別れを想像して胸が痛むくらいにはちゃんと情が湧いている。
別れる気でいたなんて知らなかった。そういうのは始める時に教えておいて欲しかった。せめてこんな形でじゃなく、知りたかった。
なんで今なの、と文句の一つくらいは言ってやりたいのに、でも口から出たのは全然違う言葉だった。
「でももう会っちゃったし、ちゃんと紹介、してくれるんですよね?」
言えば食べながら説明すると言われて、席に着くよう促される。
それから改めて、初めましてと自己紹介を始めた男の名字は、確かに彼と一緒だった。けれど二人に血の繋がりは一切ないらしい。二人ともとある男の養子になっていて、だから戸籍上の兄弟なんだそうだ。
「戸籍上の父親は母方の叔父だから、俺とは血縁関係あるけど。あと養子って言ってもこの人は実質叔父の嫁な」
「えっ」
「だからってこの子の義理のお母さんになったつもりは欠片もないんだけどね」
「当たり前だ。つかこの子言うなよ」
「わざとに決まってるよね。いやぁあの頃は可愛かったなぁ」
「嘘つけ。顔だけ詐欺だの、中身が可愛くないだの、言われまくった記憶しかないわ」
自分相手にはもちろん、職場の誰とだって、彼がこんなに気安く話しているのを見たことがない。嫉妬したって仕方がないのに、わかってたって胸はチリチリとして痛かった。
「仲、いいんですね」
その指摘に彼は少し気まずそうにしながら、色々あったから、と言い訳みたいなことを告げる。
「ほんと色々あったんだよねぇ」
しみじみと同意する声は、直前の楽しげなやり取りと打って変わって、なんだかさみしげだった。
「で、その叔父さんは……?」
「いない」
「いない?」
「事故って死んだ」
「は……」
随分あっさり告げられたが、そうなんですねと軽く流せるわけがない。とはいえ、そんなことを聞かされてとっさにどう返すのが正解なのかもわからなくて、結局言葉に詰まって何も言えなかった。
ただ、しみじみとさみしげな声の理由がわかってしまって、なんだかこちらまで切なくなってしまう。
「そんな顔しなくていいよ。乗り越えたと言えるかは微妙だけど、こうして君の顔見に戻ってこれるくらいには消化できてる」
「つか戻る理由がそれって」
「いやだって恋人できたとか聞いたらそりゃ気になるでしょ。しかもなんか面白そうな子っぽいし」
一体何を聞かされているんだろう。面白そうな子、ってなんだそれ。
「面白いとか言われた記憶、あまりないんですけど。あなた俺のこと、面白い奴って思ってたんですか?」
「俺が勝手に、面白そうな子って思って見に来ただけだよ」
「ちなみにどのへんが? というかこの人、あなたに俺のことなんて言ってるんですか」
「気になる?」
「そりゃあ」
「その前に確かめておきたいんだけど、こいつのこと好きじゃないってホント? 脅されて恋人やってんの?」
微妙に肯定しづらい質問だが、否定するのもオカシイと言うか、事実そういう流れだったという認識はある。
「なんとも答えにくい質問ですね」
「そうなんだ?」
「かなり強引に口説かれたのは事実ですね。でも嫌々付き合ってるわけじゃないし、現状に満足はしてましたよ。少なくとも、俺の方は」
随分含みを感じると笑われたが、だって別れる気があるなんてさっきまで知らなかった、とは言えなかった。思い出したらまたキュッと胸が痛くて、それを口に出したら、一緒に涙まで溢れてしまいそうだったから。
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